大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1703号 判決 1975年1月21日
主文
一 被告らは、各自原告に対し、金八七三、六〇四円およびうち金七九三、六〇四円に対する被告駒姫交通株式会社は昭和四七年五月三日から、被告比知屋辰八は同月七日からそれぞれ支払ずみまで、うち金八〇、〇〇〇円に対する昭和四八年一〇月二三日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、各自原告に対し、一、六二八、七八〇円およびうち一、四二八、七八〇円に対する被告駒姫交通株式会社は昭和四七年五月三日から、被告比知屋辰八は同月七日から支払ずみまで、うち二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四八年一〇月二三日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二請求原因
一 事故の発生
原告は、次の交通事故により傷害を受けた。
(一) 日時 昭和四六年三月一日午前二時四〇分ごろ
(二) 場所 大阪市東区船場中央二丁目一の五先道路上
(三) 加害車 (一) 普通乗用自動車(八大阪け八八―九一号)
右運転者 被告比知屋
加害車 (二) 普通乗用自動車(大阪五い二五四八号)
右運転者 訴外尾原芳春
右同乗者 原告
(五) 態様 加害車(一)と加害者(二)とが衝突した。
二 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告駒姫交通株式会社(以下、被告会社という)は、加害車(二)を業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項)
被告会社は、自己の営業のため訴外尾原芳春を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車(二)を運転中、前方に対する注視を怠つた過失により、本件事故を発生させた。
(三) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告比知屋は、加害車(一)を運転中、前方に対する注視を怠つた過失により、本件事故を発生させた。
三 傷害
1 傷害、治療経過等
(一) 傷害
頸部捻挫、頭部打撲、腰部捻挫
(二) 治療経過
昭和四六年三月一日から同年四月一七日まで四八日間入院し、同年四月一八日から同年一〇月七日までの間に一〇六回通院して治療を受けた。
2 損害額
(一) 入院雑費 一四、一〇〇円
前記入院に伴う雑費として、一日三〇〇円の割合による右金額を要した。
(二) マツサージ代 八〇〇円
(三) 通院交通費 三、〇〇〇円
前記通院に伴う交通費として右金額を要した。
(四) 休業損害 八四〇、〇〇〇円
原告は、事故当時サパークラブ「淀」こと丸和観光株式会社に芸名を「潮大玄」と称し専属歌手として稼働し、一カ月平均一二〇、〇〇〇円とその外に臨時のゲスト料として一カ月平均五〇、〇〇〇円の収入を得ていたが、前記受傷により、昭和四六年三月一日から同年九月一五日まで休業を余儀なくされ、その間合計八四〇、〇〇〇円の収入を失つた。
(五) 減収による損害 二五〇、八八〇円
原告は、歌と踊りを特技としていたが、事故後は舞台に復帰したものの、昭和四六年九月一六日から同年一一月三〇日までの二・五カ月間に本来なら合計三〇〇、〇〇〇円の収入を得ることができたのに、本件事故による傷害のため、合計一四九、一二〇円の収入しか得ることができず、その差額二五〇、八八〇円の損害を受けた。
(六) 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円
(七) 弁護士費用 二〇〇、〇〇〇円
(八) 損害の填補 一八〇、〇〇〇円
原告は、本件事故による損害賠償として、自賠責保険から一〇〇、〇〇〇円、被告比知屋から八〇、〇〇〇円合計一八〇、〇〇〇円の支払を受けた。
四 結論
よつて、原告は被告ら各自に対し、一、六二八、七八〇円およびうち弁護士費用を除く一、四二八、七八〇円に対する訴状送達の翌日から、うち弁護士費用二〇〇、〇〇〇円に対する弁論終結の翌日からそれぞれ支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
一 被告会社
(一) 請求原因一項の事実は認める。
(二) 請求原因二項(一)の事実は認めるが、(二)の事実は争う。
(三) 請求原因三項の事実は争う。
二 被告比知屋
(一) 請求原因一項の事実は認める。
(二) 請求原因二項(三)の事実は認める。
(三) 請求原因三項の事実は争う。
第四被告らの抗弁
一 被告会社
本件事故は被告比知屋の信号を無視した一方的過失によつて発生したものであり、訴外尾原芳春には何ら過失がなく、かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告会社には損害賠償責任がない。
二 被告ら
原告は本件事故による損害の賠償として、自賠責保険から原告自認の一〇〇、〇〇〇円の外に一八二、一〇四円(合計二八二、一〇四円)の支払を受けている。
第五被告らの抗弁に対する原告の答弁
被告ら主張の損害の填補は認めるが、被告会社主張の免責の抗弁は争う。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
(一) 被告会社
請求原因二項(一)の事実は、当事者間に争いがないから、被告会社は、その余の責任原因について判断するまでもなく、自賠法三条により、加害車(二)の運行供用者として、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告比知屋
請求原因二項(三)の事実は、当事者間に争いがないから、被告比知屋は、民法七〇九条により、不法行為者として、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
三 被告会社の免責の抗弁に対する判断
成立に争いのない乙第四号証の一ないし三、第五、第六、第一三、第一四号証、証人尾原芳春の証言、原告および被告比知屋各本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、幅員一三・四メートルの車道の南側に幅五・五メートルの歩道のある東西に通じる道路(以下、東西道路という)と、その北側は幅員二一・二メートルの車道の両側に歩道(東側は幅六メートル、西側は幅七・二メートル)があり、その南側は幅員一六・二メートルの車道の両側に二・六メートルの歩道のある南北に通じる道路(以下、南北道路という)との交差する信号機の設置された交差点で、東南角には板塀が設置されているが、それは相当部分が角切りされており、付近は建造物の建ち並ぶ市街地で、付近の制限速度は時速五〇キロメートルであつて、南北道路は北行き、東西道路は西行きの一方通行である。
(2) 訴外尾原芳春は、加害車(二)を運転して南北道路を南から北へ向け時速約六〇キロメートルで進行し本件交差点に差しかかつたが、対面の信号が青色だつたのでそのままの速度で進入したところ、東西道路を東から西へ向け本件交差点へ進入して来る加害車(一)を認め、同車よりも先に通過しようとして加速進行したところ、同車の前部が加害車(二)の右側面後部に衝突した。
(3) 被告比知屋は、飲酒のうえ加害車(一)を運転して東西道路(四車線のうち北側から二車線上)を東から西へ向け時速約五〇キロメートルで進行中、本件交差点で右折しようと考えたが、対面の信号機の表示を確認することもなく漫然と同速で進入にかかつたところ、左前方約八・九メートルの地点に加害車(二)を認め、ハンドルを右に切つて衝突を避けようとはしたものの急制動の処置をとる間もなく、加害車(一)の前部が加害車(二)の右側面後部に衝突した。
以上の事実が認められ、証人尾原芳春の証言のうち右認定に反する部分は前記各証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、訴外尾原は、対面の信号が青色で進入したのであるから、その限りにおいては、一応尾原は本件交差点進入に際して左右の安全を確認するまでの注意義務はなかつたと認められないではないけれども、前記認定の道路状況(東南角の部分は前記のとおり角切りされている)からすると、同訴外人は前方に対する注視を十分になしていたならば、本件交差点進入の際その東(右)方の東西道路が相当視野に入るものと推認されるから、危険な状況で交差点へ進入して来る加害車(一)をもつと早く発見しえたものと考えられ、また同訴外人は制限速度を約一〇キロメートルこえる速度で進行していたものであるところ、制限速度を遵守して進行していたならば本件事故の発生を回避しえたかも知れないことも考えられ、それに事故の発生は午前二時四〇分ごろの深夜で車両の通行量も少なかつたことからすると、信号を無視して交差点へ進入して来る車両のあることも全く予想されないことではない。すると、本件事故の発生については、同訴外人に前方注視に欠ける点があつたことが窺われ、同訴外人が制限速度をこえる速度で進行していたことが事故の発生を回避できなかつた原因となつていることも考えられ、そして他に同訴外人の無過失を認めるに足る証拠はない。
以上のとおり、本件全証拠によるも右訴外人が無過失であることを認めるに足りないから、その余の点につき判断するまでもなく被告会社の免責の抗弁は理由がない。
四 損害
1 傷害、治療経過等
成立につき争いのない甲第二号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故により、頸部捻挫、頭部打撲、腰部捻挫の傷害を受け、昭和四六年三月一日から同年四月一七日までの四八日間長原病院に入院し、同月一八日から同年一〇月七日までの間に一〇六回同病院に通院して治療を受けたことが認められる。
2 損害額
(一) 入院雑費 一四、四〇〇円
原告は、前記認定四八日間の入院中、一日三〇〇円の割合による四八日分合計一四、四〇〇円の入院に伴う雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
(二) マツサージ代 八〇〇円
成立に争いのない甲第五号証によると、原告は、本件事故による傷害のためのマツサージ代として八〇〇円を要したことが認められる。
(三) 交通費 三、〇〇〇円
弁論の全趣旨に前記認定の通院回数を合せ考えると、原告は、前記認定の通院のため、少なくとも原告主張の三、〇〇〇円を下らない費用を要したことが認められる。
(四) 休業損害 六八七、八〇四円
原告本人尋問の結果に前記四1認定の傷害の部位、治療の経過・期間を合せ考えると、原告は、本件事故当時三三歳一一月で、クラブ「淀」こと丸和観光株式会社に芸名「潮大玄」と称し専属歌手として歌と踊りを特技として稼働していたが、本件事故により、昭和四六年三月一日から原告主張の同年九月一五日までの六・五カ月間休業を余儀なくされたことが認められる。
ところで、原告の収入額について検討するに、甲第三号証および原告本人尋問の結果ではいまだ原告主張の収入額を認めるに足らず(原告の職務の性質から考えてその収入を得るためには相当額の必要経費を要したものと推認されるが、その金額が明確でない等)、他に原告の収入額を認めしめるに足る証拠はない。
しかしながら、原告の職務の内容等から考えて、原告は、前記稼働により、少なくとも原告と同年齢の一般男子労働者の平均賃金と同程度の収入は得ていたものと推認されるところ、昭和四六年度賃金センサス第一巻第一表によると、原告と同年齢の一般男子労働者の平均賃金は、一カ月平均一〇五、八一六円であることが認められるから、本件事故による原告の休業損害は、一カ月一〇五、八一六円による六・五カ月分合計六八七、八〇四円となる。
(五) 減収による損害
原告は、その従事していた職務の性質・内容から考えて、昭和四六年九月一六日稼働をはじめて後も本件事故による傷害のため影響を受け、相当額の減収を招いたであろうことは推認に難くないが、甲第四号証および原告本人尋問の結果ではいまだその額を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、右減収額の支払を求める原告の主張は理由がない。しかし、右の事情は原告の慰藉料額の算定に当り斟酌することとする。
(六) 慰藉料 四五〇、〇〇〇円
本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療の経過、期間その他本件に現われた一切の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は四五〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
(七) 損害の填補 三六二、一〇〇円
原告が本件事故による損害賠償として、自賠責保険から二八二、一〇四円、被告比知屋から八〇、〇〇〇円合計三六二、一〇四円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
よつて、原告の前記損害額合計一、一五五、七〇四円から右填補分三六二、一〇〇円を差引くと、残損害額は七九三、六〇四円となる。
(八) 弁護士費用 八〇、〇〇〇円
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は八〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
結論
よつて、被告らは、各自連帯して原告に対し八七三、六〇四円およびうち弁護士費用を除く七九三、六〇四円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な被告会社は昭和四七年五月三日から、被告比知屋は同月七日から、弁護士費用八〇、〇〇〇円に対する弁論終結の翌日であることが記録上明白な昭和四八年一〇月二三日からそれぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は、右の限度で正当であるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新崎長政)